特集②



 

国宝「伝真言院両界曼荼羅図胎蔵界・金剛界」現状模写制作 

    原案:加藤 清香/模写班  (編集:阪野 智啓/文化財保存修復研究所 所員)

1.模写の概要  

愛知県立芸術大学では教育資料の蓄積を目的として、昭和 48 年より現在に至るまで、国宝絵画の模写事業を継続している。対象作品は仏画を中心に、法隆寺金堂壁画、高松塚古墳壁画、釈迦金棺出現図、西大寺十二天像、赤釈迦、十一面観音像などこれまでに 62 点の模写を制作してきた。これらの古典模写は研究資料としての活用だけでなく、定期的な展示公開によって、文化遺 産の継承と地域文化の向上に役立てられている。
 平成 26 年は、特集①の講演会の主題となった国宝「伝真言院曼荼羅図」(東寺蔵) 胎蔵界・金剛界二幅の現状模写制作の表具を終え、展示発表が叶った年である。模写は平成 20 年より 6 年間に渡り、長期間かけて堅実に模写が進められた。以下に模写制作の過程を紹介しながら、描画を通して明らかになった「伝真言院曼荼羅図」の技法的特色について紹介していきたい。


2.制作手順 


図1.下図制作
原寸大写真の上に製図用トレース紙(トレコート)を重ね、透けて見える線描や剥落などを正確に写しとる。


図2.試作(手板)
原本の一部分を抜粋し、本画と同じ工程で線描や彩色を試作する。



図3.原本熟覧
奈良国立博物館で、各幅 2 回の原本閲覧を行った。熟覧では、写真では読み取りにくい顔料の粒子感や、彩色手順などを観察する。



図4.絵絹
渡辺絵絹株式会社(岐阜県)に原本熟覧への立ち会いをお願いし、絹の太さやピッチを確認して現状に近いものを依頼した。
※2m 幅 経 31 中 2 ツ入 84 目/緯 31 中 2 本入




図5.染料
 原本の経年劣化による絹の褪色を表現するために、絵絹を染色する。染料は、植物を煮出して抽出した天然染料(矢車と胡桃)を使用して刷毛染している。
・矢車:(黄色味のある染料)
・胡桃:(赤味のある染料)


図6.染色(絵絹)
 染色した絹はよく洗う。色を定着させるための媒染は礬水引きで代用する。
・礬水:膠水 100cc(濃度 15%):水 2ℓ:明礬 5g




図7.染色(肌裏紙)
 肌裏紙は絹目から透けて見えるので、肌裏紙の色が画面にもたらす影響は大きい。
そのため、画面全体の色調を整えるために染色を行う。
・染料:矢車+墨 
・媒染液:水道水+炭酸カリウム(ph10)

  

図8.研磨 
絹の表面を滑らかにし、より描画に適した平滑な画面を求めて、木枠に張り込んだ絹の下に石板をあてがい、御影石のような滑らかな丸い石で絹を磨く。



   
図9.線描
白描下図を、絵絹の下にあてがい線描を写し取る。手元に原寸大の原本写真を準備し、筆致をよく観察して墨線を施す。


図10.彩色、古色仕上げ
絵の具で表裏両面から細部まで描写し、最後に金箔で細かな装飾を施す(截金)。彩色については別項で詳述する。
仕上げに、焼白緑・黄土・墨の上澄みを適宜混色させて、彩色の上に古色付けを施し全体の調子の バランスを整える。     


3.表現方法(胎蔵界)

胎蔵界・金剛界で使用する絵具や彩色手順はほぼ同様であるが、原本の両作品間には尊像の表現や彩色法に差異が確認される。本項では胎蔵界幅の原本表現と、模写の裏彩色や剥落描写、彩色方法について詳述する。

① 裏彩色(全体)
原本は過去の修理時の調査から、裏面に黄土のような絵具が全面に塗られていたことが判っている。熟覧時にも、画面表の絵具が剥落した絹目の間から黄土のようなものが詰まっているのが確認できた。
模写では補絹部分をよけながら、画面全体に水干黄土で絹目を埋めるようしっかりと塗る。この作業によってある程度画面が平滑になり、伸びのある細い線描きが可能になる。また、絵具の薄塗り効果が得やすくなる。さらに背景の群青・緑青も色に深みを出すために、模写では裏からも彩色している(図11、12)。


図11.裏彩色(群青) 



図12.裏彩色(黄土彩色完成)  

② 中台八葉院
胎蔵界曼荼羅の中心部である中台八葉院(図 13)① から順に大日如来 ②宝幢如来 ③普賢菩薩④開敷華王如来⑤文殊菩薩⑥無量寿如来⑦観自在菩薩⑧天鼓雷音如来⑨弥勒菩薩 

図13.中台八葉院 

肉身は胡粉+黄土+焼白緑で下地をつくり、ガンボージ・辰砂の順で隈を施した。大日如来をはじめ、肌の色が丹隈のように見える尊像が多くあるが、尊像の中には衣に丹が使用されており(④⑧)、肌と衣の差を出すために肉身に丹の使用は避けた。頭光、身光は①大日如来・②④⑥⑧の如来・③⑤⑦⑨の菩薩で若干彩色パターンの違いがあるが使用絵具は共通している。また、緑青・群青の暈し部分以外は下地に胡粉暈しを施し、上から彩色が行われている。火焔や宝冠などの装身具には金箔を押し、墨線で表現される。八枚の蓮華部分は朱で色取られ、截金で縁取りがされる。



図14.大日如来 
・頭光:波型にかたどられ、群青・緑青・朱・臙脂のグラデーションを施す。
・身光:外側から順に緑青暈し、白線・截金、臙脂暈し・截金、丹暈し、朱線・截金、群青暈し。
・衣:朱の上に截金模様。  
図15.天鼓雷音如来 
・頭光:如来は胡粉下地の上に丹暈しを施し、外側から順に白線・朱線(1本または2本)・臙脂線・截金・白線の順に彩色される。
・身光:胡粉暈しを下地に、ガンボージ線・臙脂暈し・丹暈し・白線・朱線・截金が施される。

図16.弥勒菩薩
・頭光:胡粉下地の上に白線・截金を施す。 

③虚空蔵院
中台八葉院の尊像とは異なり、肉身が青で表現される。
肉身部分は裏彩色で黄土を施し、表から群青で彩色を行う。装身具には表から金箔を押し、墨で模様線を描き起こす。頭髪は弁柄を用い、頭光は内側から順に、白緑・胡粉下地に臙脂・臙脂線・丹暈し・朱線・白緑暈し。衣紋線は截金を施し、裳には丹地に朱で七宝模様を描いて緑青と白緑で縁取る(図17)。

図17.金剛蔵王 


④持明院
大きく渦を巻く火炎は、朱の下地に丹を使用することにより火焔を柔らかく見せている。肉身は金剛蔵王と同じく黄土地の群青肌である。火焔は胡粉+黄土+焼白緑で下地をつくり、丹で暈し、朱で火焔を描写する。裳は胡粉下地に牡丹紅+藍+ガンボージで隈を入れ、金泥で衣紋線を引いて仕上げる(図18)。

図18.勝三世明王 


4.表現方法(金剛界) 

① 表彩色、裏彩色(全体)
金剛界幅は画面が正方形に九分割されていて、まずは表彩色によって区画に塗り分けている。彩色部分の粒子が細かい部分に限っているが、胡粉、白群、白緑、朱を絹目が染まる程度に表から薄く塗り分けていく。裏彩色は原本に則し、胎蔵界同様に補絹部分をよけながら画面全体に水干黄土で絹目を埋めるようしっかりと塗る。

図19.表彩色(区画塗り分け) 

図20.裏彩色(黄土彩色完成) 

②一印会
肉身は胡粉で下地をつくり、朱で暈す。裳の群青と身光に胡粉下地はない。装身具の金箔は、胎蔵界幅同様に墨で模様線を描き起こしている(図21)。

図21.大日如来 


③成身会
規則正しく並び合掌する千仏が非常に細かく描かれる。衣の色は丹と朱で交互に塗り分けられ、頭部などの装身具は全てに金箔を施す(図22)。

図22.賢劫千仏


④諸尊
大らかに彩色され、最後に濃墨線で引き締めている。肉身を塗った上に衣などの彩色を施すが、なかには肉身色が頭光や後背にまではみ出して塗られた像もあり、群青や緑青の剥落により粒子の隙間から肉色が薄く透けた像が確認できた(図23)。

図23.尊像 


図24.花弁 
・胡粉下地に臙脂+藍+藤黄の混色
花弁部分は胡粉で下地を作った上に彩色することにより、色彩の鮮やかさがより際立つ。臙脂の使用された花は場所によって褪色具合が違うため、
臙脂+藍+藤黄の混色で差を出した。

図25.火炎と金鈷杵 

5.まとめ 

胎蔵界曼荼羅は、画面中央に描かれる中台八葉院から上下左右全十二院で展開される作品である。方形が幾重にも広がり、城郭を俯瞰した形をイメージさせられる。現に、東西南北四方向に城門が設けられており、そこには奇妙な動物が描かれる。
一方、金剛界曼荼羅は、九つの独立した曼荼羅が方形で構成され、その中には白色に施された円(月輪)に収まる尊像が幾つも描かれ、界線には金鈷杵を繋ぎ合わせた文様を用いている。また、画面右の縦列(上から理趣会・降三世会・降三世三昧耶会)は絵具の剥落が少なく、ここだけ特に保存状態が良い。
二幅共通して、経年による色あせやくすみよりも、群青・緑青・丹・朱などが画面全体に余すところなく使用された、彩色豊かで鮮やかな印象が強い。ただ、臙脂など染料系絵具が施されていると思われる部分は残念ながら褪色し、紫がかった赤茶色に見える。
尊像や植物表現に見られる丹や朱を使用した隈取りや暈しは非常に柔らかく、制作者の技巧とこだわりを感じ取ることができる。また画面は絹三幅を継いだものに描かれており、絹継ぎ部分の絵具が縦一直線に剥落している。
よく観察すると、場面により筆致が異なっていることに気が付く。これは尊像の違いを表現するために変化をつけただけではなく、描き手そのものの違いも感じた。顕著なのが金剛界の降三世会・供養会・微細会に描かれる尊像である(図26)。色、手順は大まかに同様であるが、会ごとの筆致を比べると線の太さや勢いに手の違いを感じさせる。


図26.左から降三世会・供養会・微細会



図27.胎蔵界(現状模写完成図) 



図28.金剛界(現状模写完成図)  


本制作にあたり模写、熟覧の許可を賜りました教王護国寺(東寺)と奈良国立博物館の皆様に深く感謝致します。